『生きる』~最悪でも幸せでいようね~

旦那さんはひとりで逝ってしまった。。。♪~あの雲を越えて空へと続く 果てなき道のりを 君はひとりきり歩いてくこと あの日決めたんだね

平成27年10月3日。3年半一緒に暮らした内縁の夫は自死という選択をし、あの空の彼方へと旅立ちました。
私は一人で生きていかなくてはならなくなり、頑張ってきたけれど・・・鬱の再発、退職を余儀なくされ、それでもなんとか『生きて』いくことを選び、前向きに、時に後ろ向きに生きています。
そんな私のつぶやきに似た、日記というかなんというか・・・です。

また覚醒。

約4時間は眠れたか。
ま、いいか。


昨夜で買いだめしていたお酒がなくなった。
しばらくお酒を控えてみようと思う。
お酒をやめても眠れないのならば、それはお酒のせいではない。



今、目覚めてふと思った。
もう来月は一周忌なのに、結局は義姉夫婦二人でやる気なんだなと。
ならば、こちらも言いたいことは伝えておいたほうがいいのかなと。
きっと、裏切ったのは私って思っているに違いない。
そうではなくて、私の私生活にまで土足で踏み込んできて、仕事にも影響を与えたことを伝えたい。
人にはその人それぞれのベースとなる生活があるんだってことを。
その生活のペースを崩されることがどんなに苦痛なものなのかを知らせたい。
わかろうがわからなかろうがいい。
そして、亡くなったお母様の形見というネックレスを返しておこうかと。
Y家(旦那の苗字)とは無関係になったのだから、返すべきだろうと思う。
あのお姉さんと仲直りするつもりもないし、したいとも思わない。
する必要すらない。
私より年上でも、あんなに強情で自己中心的で社会性の欠如している人は初めて・・・ではないけれど、いるもんなんですね。



相手がどうとろうが、今はたぶん私の姉に対する怒りを吐き出さないことには、自分が前に進めない気がする。
一周忌が終わってからでもいいや。
ゆっくりと自分の気持ちを書いてやる。


それが済んだらもう休職も明ける。
気持ちを切り替えて仕事に復帰する。
自分の強さも弱さも汚さも受け入れて、運命も受け入れて。



正直、またナースから離れようかと思っていた。
音楽業界に戻ってガイドボーカルだけでもそれなりにやっていけそうな、そんな気がしていた。
あと2、3年しかできない仕事だけども、やりつくしてみようかと思っていた。
仕事はある。ガイドボーカル以外の仕事もそこそこできるし。


もやもやしていた。
でも、やっぱりナースでいこうと決めた。
ボーカルはバイト。



自分の歩いていくべき道さえ、わからなくなってしまうほど、私は疲れていたんだな。
私は自分の思いを抑えてしまう傾向がある。
それがいけないんだ。
みんな周りは言いたい事言ってるのに、私はいつももじもじしていた。
それが鬱積してストレス以上のものになっていた。


まずは姉だ。
姉に対する思いをまとめる。


その後にこれからの仕事の仕方。
これを決める。



明日は友人と会う約束している。
雨はやんだのかな。
久しぶりにリアルで人と会う。
ちょっと緊張するわ。