忘れたい
旦那のことを忘れてしまいたい。
声も温度も、その面影も。
2SDKの狭いマンションのどこかの部屋に、ひっそりと旦那が隠れているような気がする。
もしかして、朝がきたら隣にでかい図体の男が寝ているんじゃないか。
そんな気さえする。
なんで、なんで死んだの?
どこへ行っちゃったの?
どうして一人で逝ったの?
なにがあったの?
おとうちゃん、どうして?
今もおとうちゃんのシャツを手放せずにくんくんしながら眠るんだよ。
色は変わって、においも変わった。
もうおとうちゃんのにおいじゃない。
でも、おとうちゃんのにおいなの。
いつもいつも、おとうちゃんにへばりついてくんくんとにおいをかいだ。
おとうちゃんのにおいと温度が好きだった。
その時間が私の「あまこ」の時間だった。
「あまこ」
それは甘えたいの意味。
今は「あまこ」したい人がいない。
おとうちゃんのシャツだけ。
シャツをくんくんしながら「あまこ、あまこ、おとうちゃん、あまこ」
私は赤ちゃんのようだ。
誰もいない部屋から部屋へと移動しながら「あまこ、あまこ、おとうちゃん、あまこ」と口走る。
異様な光景だと思う。
そんな私をモルが不思議そうに見ている(ように見えるだけ)こともある。
忘れちゃいたい。
おとうちゃんのことなんか。
私を置いて死んじゃったおとうちゃんなんか。
詳しい理由も残さずに死んじゃったおとうちゃん。
こんな裏切りはないよ。
忘れちゃって、ほかのステキな人と出逢って、幸せな結婚をしたいよ。
おとうちゃんが私の胸の中で生きている限り、私は誰とも幸せになれない。
私も死んで、生まれ変われたらいいのに・・・
おとうちゃんも、死んだんだから生まれ変われるでしょう?
また、出逢えるかな?
同じとき、同じ場所で、同じ瞬間に恋に落ちるのかな、私は。
最近、心が不安定でお酒を飲むと泣いて、いろんな人に電話してしまう。
「おとうちゃんに会いたい」
「おとうちゃんはどこ?」
「おとうちゃんが帰ってこない」
「おとうちゃん、おとうちゃん」
おとうちゃんのシャツを握りしめて、シャツで涙を拭き、
電話を切るとくんくんしながら眠りに落ちる・・・
シャツを捨てたらおとうちゃんを忘れられるのかな?
捨てられるのかな?
できないな。
きっと、絶対にできない。
おとうちゃんのシャツは、おとうちゃんの分身で、おとうちゃんのにおいで
おとうちゃんのぬくもり。
おとうちゃんそのもの。
でも、忘れたいよ。
つらいんだよ。
いろんなことが。
何ひとつ、いいことがない。
いいことがないように思えてしまう。
なのに、また今夜もおとうちゃんと寝る。
私はおとうちゃんの子供のように、「あまこ」しながら眠る。
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